勉強を続けていると、必ず一度はこうなる。最初は面白いように伸びたのに、ある時期から、同じだけやっているのに手応えが消える。点数が動かない。覚えた気がしない。

そういう時、たいていの人は「自分のやる気が足りないんだ」と考える。私もずっとそう思っていた。でも、これは順番が逆だった。やる気が落ちたから伸びが止まったのではなく、伸びが止まったからやる気が落ちた。順番を間違えると、対処も間違える。

伸び悩みは「停滞期」であって、才能の問題ではない

最初に伝えたいのは、伸び悩みはあなたの才能のせいではない、ということだ。これは仕組みの話で、ほとんどの人に同じことが起きる。

理由はシンプルだ。何かを学び始めた直後は、知らないことだらけだから、やることすべてが伸びにつながる。ところがしばらく続けると、簡単な部分が「自動化」されていく。考えなくても解ける問題が増える。すると、同じ1時間をかけても、その中で頭に負荷がかかっている時間が短くなる。手は動いているのに、脳は楽をしている。だから伸びが鈍る。

つまり停滞期というのは、サボっているから来るのではなく、ある程度できるようになったからこそ来る。最初の坂を登りきった証拠でもある。ここを「自分はもうダメだ」と読み違えてやめてしまうのが、いちばんもったいない。

やる気で殴らない

ここで多くの人がやることは、「気合を入れ直す」ことだ。明日から本気を出す。今日は3時間やる。やる気というハンマーで、停滞を殴ろうとする。

私はこれをおすすめしない。はっきり立場を書くと、やる気は消耗品だ。出せばその分すり減る。気合で乗り切った日の翌日に、反動で何もできなくなった経験は、誰にでもあるはずだ。やる気を燃料にして走る仕組みは、燃料が切れた瞬間に止まる。そして燃料はいつか必ず切れる。

だから立て直しは、やる気の量を増やす方向ではなく、やる気が少ない日でも勝手に進む方向に設計する。気分のいい日にしか動かない仕組みは、設計として弱い。気分が最悪の日に最低限が回ることを基準にする。

仕組みで立て直す3手

精神論はここで終わりにして、具体的な手を3つ書く。全部を一度にやらなくていい。1つでも入れれば、停滞の質が変わる。

a. 計測を1つだけ可視化する

停滞期がつらいのは、進んでいるかどうかが自分で見えないからだ。だから、進みを1つだけ目に見える形にする。

ポイントは「1つだけ」。あれもこれも記録しようとすると、記録すること自体が面倒になって続かない。たとえば、毎日問題集に着手したかどうかの「○か×か」だけをカレンダーに付ける。あるいは、間違えた問題の数を1行メモするだけでもいい。

たとえば passed.jp の英語問題集を使っているなら、「今日その問題集を1問でも開いたか」をチェックする1マスにしてしまう。正答率や点数を毎回記録するのが重ければ、着手の有無だけでいい。○が並んでいくのを見るだけで、停滞期の「進んでいない感じ」が一段やわらぐ。見えないものは不安になるが、見えれば耐えられる。

b. 負荷を意図的に1段だけ上げる

停滞の正体が「脳が楽をしている」ことなら、対処は単純だ。負荷を1段だけ上げる

具体的には、もう簡単に解ける問題の反復をやめる。できる問題を何度も解くのは気持ちがいいが、それは進みではなく、できることの確認でしかない。代わりに、間違えた問題だけを翌日にもう一度出す。前日にバツがついた問題を、翌日の最初に持ってくる。これだけで、毎日いちばん負荷の高い部分から手をつけることになる。

注意は「1段だけ」にすること。いきなり最難関に手を出すと、今度は難しすぎて心が折れる。停滞期の脳は、楽すぎても難しすぎても伸びない。少しだけ届かないくらいが、ちょうどいい。

c. 着手の摩擦をゼロにする

3つ目が、地味だがいちばん効く。続かない最大の理由は「やる気が出ない」ことではなく、始めるのが面倒なことだ。机に座る、教材を開く、どこからやるか決める——この最初の数十秒の摩擦で、人は離脱する。

だから、その摩擦を前日に潰しておく。前日の終わりに、翌日やる1問だけを開いた状態にしておく。問題集のページを開いておく。アプリなら、明日解く問題を表示したままにしておく。「明日はここから」が、考えなくても目の前にある状態を作る。

翌日の自分は、決断をしなくていい。座って、開いてある1問を解くだけ。1問やれば、たいてい次の1問にも手が伸びる。動き出しさえすれば、あとは惰性が味方になる。最初の1問を、未来の自分のために用意しておく。これが摩擦ゼロの正体だ。

停滞は、抜けた後にしか分からない

最後に、正直なことを書く。

停滞期は、渦中にいる間は抜けたかどうか分からない。「今、停滞を抜けつつあるぞ」とリアルタイムで実感できることは、まずない。あの頃つらかったな、あそこが踏ん張りどころだったな、と気づくのは、いつも後になってからだ。

だから「抜けた感覚」を待っていると、待っている間に折れる。感覚は遅れてやってくる。先に来るのは、淡々と続けた事実のほうだ。続けた人だけが、半年後にカレンダーの○の列を見て、「あ、あの時やめなくてよかった」と振り返れる。

伸び悩みは、やめる理由ではない。坂の途中にいる証拠だ。やる気でどうにかしようとせず、計測を1つ見える化して、負荷を1段上げて、明日の1問を開いておく。それだけで、停滞の中でも足は前に出る。抜けたかどうかは、後で分かる。今は、開いてある1問を解けばいい。