英文法は、退屈だ。「be動詞は主語に合わせる」と100回言われても、覚えられない。けれど「私の夫は大アリクイに殺されました」という一文は、一度読んだら忘れられない。

私たちが english.passed.jp に作った「インパクトで覚えよう部門」は、この忘れられなさを、まるごと文法学習に使う実験です。突拍子もない・ありえない英文を記憶の錨(アンカー)にして、そこに文法をくくりつける。淡白な例文では一晩で消えてしまう知識を、大アリクイの背中にくくりつけて持って帰ってもらう。

この記事は、その部門を作った当事者として、設計の狙いと実装の中身を、隅々まで正直に書いたものです。設計思想は熱く、実装は具体的に、そして「まだできていないこと」も隠さずに。

記憶のアンカーと転移学習

中心にあるのは、認知の単純な事実です。人は、感情が動いた情報を強く覚える。 驚き・笑い・気味の悪さ――どれでもいい。感情のフックがついた情報は、淡々とした情報よりも深く刻まれる。私たちはこれを文法学習に転用しました。

My husband and I are in danger because of a giant anteater. (私と夫は、大アリクイのせいで危険にさらされている)

この一文を解いた人は、「夫と私」=複数主語 → だから be動詞は are、というルールを、大アリクイのインパクトと一緒に覚えます。そして後日、まったく別の問題で複数主語に出会ったとき、「ああ、あのアリクイのやつと同じだ。are だ」と想起する。

これが転移学習です。ある場面で覚えた知識を、別の場面で引き出して使う。淡白な例文("They are students.")では、この想起のフックが弱い。覚えた瞬間には分かっていても、引き出すときの取っ掛かりがないからです。ありえない英文は、その取っ掛かりを過剰なほど強く作る。錨が重いほど、後から手繰り寄せやすい。

題材の実例を挙げます。

  • 大アリクイ(be動詞): ナイジェリア発の詐欺メールにあった珍訳「私の夫は大アリクイに殺されました」が元ネタ。複数主語の be動詞を、この一文に結びつける。
  • 肉のドレス(受動態 be made of): あるアーティストが授賞式で本物の生肉のドレスを着た出来事。「そのドレスは肉で作られている=be made of」を、その異様な画と一緒に覚える。

どちらも、「そんなことある!?」という驚きが先に立つ。文法は、その驚きの後からついてくる。順番が逆だと――つまり文法を先に説明して例文を後から添えると――退屈な暗記に戻ってしまう。インパクトが先、文法が後。 この順番こそが、この部門の背骨です。

釣り見出しから定着まで ― 体験の3層

一つの設問が、読者の中でどう動くか。私たちは体験を3層に分けて設計しました。

第1層は、一覧の釣り見出しです。 問題の一覧ページで、「夫が大アリクイに殺された…!?」という見出しがクリックを誘う。ここで読者の「気になる」を点火する。中身を知りたくて、押さずにいられない。その衝動が、最初の一撃です。

第2層は、問題本文です。 押した先でも、ちゃんと大アリクイが出てくる。見出しだけ釣って本文が淡白だと、肩透かしを食らって読者は離れる。だから問題本文でもインパクトを保ち、解く瞬間にもう一度驚きを差し込む。be動詞を選ぶその一瞬に、アリクイの画が頭に残る。

第3層は、出典つきのトリビアです。 答え合わせの後に、「実はこの詐欺メールは『419詐欺』と呼ばれていて…」という、出典つきの豆知識を足す。ここで知識に厚みが出る。文法を覚えただけでなく、「人に話したくなる小ネタ」まで持って帰れる。覚える → 話す、の橋がここで架かります。

釣り見出しで点火し、本文で驚かせ、トリビアで厚みを足す。この3層がきれいに繋がったとき、読者は「面白かった」と「覚えた」を同時に手にして帰る。どれか一層でも淡白だと、体験は途中で冷める。だから3層すべてでインパクトを保つことに、いちばん気を遣っています。

そしてもう一つ、拡散の入り口の設計があります。SNSでシェアされたとき、カードのプレビューに答えが見えていたら興ざめです。だからカードのメタ情報は、釣り見出しを見せて、答えは隠す。「私と夫は大アリクイのせいで危険に…さて、be動詞は?」で止める。気になるから押す、を構造として作っています。気になって押さずにいられない、その引っかかりを、設計で意図的に残している。

面白さは、事実を歪める言い訳にならない

ここは、強く言っておきたい一節です。

インパクトを狙うほど、誇張や決めつけに転びやすくなる。「面白くするためなら、少しくらい話を盛ってもいいだろう」――この誘惑は常にあります。けれど私たちは、そこに柵を立てました。面白さは、事実を歪める言い訳にはならない。

トリビアには、必ず出典をつけます。一次情報のURLを並べ、読者が自分で裏を取れるようにする。出典リンクは rel=nofollow で張る。そして、断定を避ける。確証のない説には「〜という説がある」と添え、言い切らない。人種や国籍の一般化はしない。詐欺メールの題材を扱うときも、特定の集団を貶める書き方には絶対にしない。元ネタの「珍訳」という現象そのものの面白さに留める。

なぜここまで気を遣うか。面白さで人を引き込むメディアほど、不正確さが一気に広がるからです。インパクトは拡散力を持つ。拡散力を持つものが間違っていたら、間違いごと拡散する。だから、面白さと正確さは、どちらかを諦めるトレードオフではなく、両方を同時に満たす制約として設計に組み込みました。面白くて、かつ、正しい。この two-front を守れないなら、その設問は出さない。

データを足すだけで設問が増える

ここからは実装の話です。設計思想がどれだけ立派でも、「設問を増やすのが苦痛」だと量産が止まる。だから私たちは、設問を足す行為を、できるだけ軽くすることに技術を注ぎました。

設問データは、1問1ブロックの縦持ちYAMLで持っています。 新しい設問を足すのは、YAMLファイルに1ブロック書くだけ。コードは1行も触りません。横持ちのCSVだと、フィールドを増やすたびに列を追加してパーサを直す苦痛がありますが、縦持ちYAMLなら、必要なキーをブロックに足すだけで済む。データの形が、制作の軽さを決める。

そして固有名詞・URL・数値は、1箇所だけに書きます(SSOT=Single Source of Truth)。看板になる部門のslugも、設定ファイルの1箇所だけ。同じ値を2箇所に書かない。1箇所変えれば、全部に反映される。これは、設問が増えれば増えるほど効いてきます。100問のうちの1箇所だけ古い値が残る、という事故を構造的に潰せる。

各設問は、固定のURLを持ちます(たとえば /topic/impossible-english/q/anteater-danger のように)。そして Quiz の構造化データ(JSON-LD)を出力する。検索エンジンが「これはクイズだ」と中身を正しく理解し、検索結果にリッチに出る。設問を足せば、自動でサイトマップに載る。データを1ブロック足すと、URLも構造化データもサイトマップも、全部ついてくる。 制作者がやることは、YAMLにブロックを書くこと、ただそれだけです。

回遊の動線も、データ構造に組み込みました。

  • 部門ハブ/topic/impossible-english/): インパクト部門の問題を集約する受け皿。
  • 交差ハブ/topic/impossible-english/passive-voice/ のような形): 「インパクト部門 × 受動態」という、部門と文法の交差点。

「同じ文法の別の問題へ」という回遊を作ることで、アンカー(ありえない一文)→ 既存の問題群 → 定着、の動線が生まれる。一問解いて終わりではなく、隣の問題へ手が伸びる。

設問制作そのものも、標準手順にしました。題材を決める → 事実を裏取りする → 問題を生成する → YAMLに足す → 監査する。 この工程を形式化し、複数の題材を並列でドラフトする仕組みも持っています。題材選びという人間の嗅覚と、そこから先の制作の機械化を、はっきり分ける。嗅覚の部分は人が握り、量産の部分は仕組みに任せる。

正直な限界

build-in-public の記録として、できていないことも書きます。

まず、設問数はまだ少ない。 仕組みは「データを足せば増える」よう作りましたが、肝心の中身――面白くて正確な題材――は、まだ十分な数が揃っていません。仕組みが量産に耐えることと、実際に量産が回っていることは、別の話です。今はまだ、立ち上がったばかりの棚に、数えるほどの設問が並んでいる段階です。

そして、題材選びは、人間の嗅覚に頼っています。 「これはインパクトがある」「これは文法のフックとして効く」という判断は、今のところ自動化できていません。機械的に量産できるのは、題材が決まった後の制作工程だけ。最初の「何を題材にするか」は、人が一つひとつ選んでいる。ここがボトルネックであり、同時に、この部門の質を担保している最後の砦でもあります。嗅覚を仕組みに置き換えるべきか、置き換えられるのか――それ自体が、まだ答えの出ていない問いです。

正直に言えば、これは構想が先に立っていて、実装と実績が追いかけている段階の部門です。それでも、設計の背骨(インパクトが先・出典で正確さを守る・データを足すだけで増える)は、最初からブレずに据えてあります。

狙い ― 面白いから触る、触るから覚える

最後に、この部門の狙いを書きます。

私たちが作りたいのは、ただの英語学習サイトを超えたものです。インパクトのある設問は、拡散の釣り針になる。SNSで「これ見て」とシェアされ、企業やメディアが「面白い使い方だ」と紹介したくなる。その釣り針で来た人を、部門ハブが受け皿として受け止める。釣り針で引き込み、ハブで回遊させ、定着まで運ぶ。将来は、飲料や菓子メーカーとのコラボ設問も――データ構造上、1問足すだけで部門に並べられます。看板商品をインパクトのある一文に仕立てて、文法の錨にする。そういう拡張も、最初から構造として開けてあります。

そして、いちばん大事な連鎖はこれです。

面白いから触る。触るから覚える。覚えるから人に話す。話すから広がる。 その最初の一撃が、「ありえない英文」です。気になって押さずにいられない見出しで触らせ、驚きと一緒に文法を刻み、人に話したくなるトリビアを持たせて返す。この連鎖の起点を、退屈な暗記ではなく、忘れられない一文に置き換える。それが、この部門の全部です。

英語の文法を、大アリクイの背中にくくりつけて覚えてみたい人は、よければ english.passed.jp を覗いてみてください。