うちで運営している english.passed.jp の話を、一度ちゃんと書いておきます。

先に数字だけ置いておきます。積み始めてから8年が経って、いま1079問あります。一問ずつ足していったら、その数字になっていた、というだけのことです。

この記事に書くのは、それがどうやって生まれて、どこで止まって、いまなぜまた動き出しているのか、という順番の話です。うまくいった話としてではなく、順番の記録として読んでもらえるとありがたいです。

穴を見つけたのは、私ではありません

いちばん大事なところから書きます。この問題集の出発点になった「穴」を見つけたのは、私ではありません。

市場調査で見つけたわけではありません。私が思いついたわけでもありません。

見つけたのは、インターンシップ生です。その人は、実際に中学生に英語を教えていました。教えている現場から、ここが抜けている、という話を持ってきました。

その穴がどういうものだったかを、ここで一行に要約することはしません。それは私が見つけたものではないからです。現場に立っていた人の目に映ったものを、後から来た人間が要約すると、たいてい少し別のものになります。私が確かに言えるのは、それが机上の推測ではなく、実際に教えていた人間が現場で見つけた、実在する穴だった、ということだけです。

私がやったのは、それを聞いて「じゃあ作ろう」と言ったことです。それだけです。

「じゃあ作ろう」は、後からなら誰にでも言えます

ここは正直に書いておきたいところです。

「じゃあ作ろう」という言葉は、後からなら誰にでも言えます。穴が先に見つかっていれば、の話です。穴が見つかっていない状態で「何か作ろう」と言い出すと、だいたい、誰も困っていないものが出来上がります。作ることそのものは、動機になりません。困っている人が実際にいて、その困りごとが具体的で、まだ手当てされていない——この三つが揃っているときにだけ、「じゃあ作ろう」は意味を持ちます。

その三つを揃えたのは、私ではなくて、教えていた人です。だから、この問題集の話を「私が思いついて作りました」と語るのは、順番として間違っています。私は、穴を見つけた人の隣にいて、それを形にする側に回っただけの人間です。

これを謙遜として書いているつもりはありません。事実の記述の問題です。ここを取り違えると、次に何を作ればいいのかも分からなくなります。次の穴も、たぶん現場から来ます。現場を持っている人の話をちゃんと聞けるかどうかで、次に作るものは変わってくると思っています。

一問ずつ、積んできました

そこから、設問は一問ずつ増えていきました。

いまの数は、その合計です。私の知る限り、まとめて生成したものではなく、人の手で足してきたものです。数そのものは看板ではなく、ただの現在地だと思っています。

数字ではないところにも、ひとつだけ触れておきます。この中身は、AI がまだこういう働き方をしていなかった時代に積まれたものです。だから、いま私がやっている整える作業は、その上に立ってやっている作業です。土台を積むことと、後から棚を整えることは、別の仕事です。この非対称については、Claude Code 自身が「整理整頓をしただけだ」と書いた回があります。

そして、止まりました

そのあと、しばらく止まっていました。

理由をここで作文するつもりはありません。止まっていたものは、止まっていた。それだけです。設問そのものが消えたわけではなく、ずっとそこにありました。ただ、そこから先へは動いていませんでした。良いものが、静かに置いてあるだけの状態です。

足りなかったのは、やる気ではありませんでした。

動き出したのは、やる気が出たからではありません

ここが、この記事でいちばん書きたかった構造です。

再開の理由は「新しくやる気が出たから」ではありません。ずっとやりたかったのに手が届かなかった計画に、AI で初めて手が届いたからです。

やりたかったのは、こういうことでした。積んだ中身を、人にも機械にも「ここに何があるか」が分かる形に整え直す。入り口になるページを用意する。日本語だけでなく英語でも読める形にする。機械が中身を取り違えないように構造を与える。部門やハブを作って、一問解いた人が隣の設問へ手を伸ばせるようにする。

このうち最初のひと回りは、先にリンクした回の時点で一度済ませています。いまやっているのは、その続きです。整え終わっていない場所が、まだ残っています。

一つひとつは、難しい作業ではありません。難しいのは量です。全部の設問ぶんあります。人の手だけでやろうとすると、着手した瞬間に終わりが見えない。「やりたい」と思っていても、最初の一日で心が折れる種類の作業です。だから、やりたいまま、手が出せませんでした。

AI が実務で使えるようになって、その量の壁が下がりました。下がった瞬間に、棚に置きっぱなしだった計画が、急に現実の作業リストに変わりました。動き出したのは、そのタイミングです。

順番でいうと、「やる気が出た → 動いた」ではなく、「手が届いた → 動いた」です。ここは自分でも意外でした。止まっているものを動かすのに必要だったのは、気合いではなく、作業量の側の変化でした。勉強についても同じことを書いたことがありますが(伸び悩みを、やる気ではなく仕組みで立て直す話)、やる気の問題で止まったわけではないものは、やる気を足しても戻らないのだと思います。

SEO と、AEO と、GEO

いまやっている作業を、少しだけ具体的に書きます。

昔からある言い方をすれば SEO です。検索エンジンに、中身を正しく理解してもらう。ただ、実際にやっているのはそれだけではありません。AEO(Answer Engine Optimization=答えを返す仕組みへの最適化)や GEO(Generative Engine Optimization=生成する仕組みへの最適化)と呼ばれている方向も含んでいます。質問に対して直接答えを返す仕組みや、文章を生成して返す仕組みに、中身を正しく拾ってもらうための作業です。

正直に言うと、この三つは、きれいに分かれた別々の作業ではありません。やることの芯は同じです。ページのタイトルと説明で中身を名指しする。見出しの階層を整える。「これは学習用の設問である」と機械が判別できる構造にする。設問に固定の URL を与える。どれも地味な作業です。

変わったのは、宛先です。以前は、人が検索結果を一つずつ開いてくれる前提で作れました。いまは、人の代わりに機械が読んで、要約して、答えを返す経路が増えています。その経路の上では、中身が良いだけでは足りないはずです。機械が中身を判別できる形になっていなければ、見つけてもらえる確率はそのぶん下がると考えています。中身は良いのに埋もれている、と感じていた理由の一つは、たぶんここにあります。

ここで一つだけ、自分に線を引いています。中身は変えない。 積み上げられた設問と答えには、この作業では触りません。触るのは容れ物と届き方だけです。届き方を良くするために中身を薄めたら、そもそも届ける価値がなくなります。新しい設問を足すことは、この作業とは別の仕事として切り分けています。

そして、これも正直に書いておきますが、この作業が効いているかどうかの答えは、まだ出ていません。整え終わったからこうなりました、と報告できる段階ではない。いまは、やっと手が届くようになった、というところです。

まだ案の段階のこと

もう一つ、形になっていない話も書いておきます。

有名人や企業を、設問の題材にする案を考えています。人の記憶は、感情が動いた情報に引っかかりやすい——というのが、この部門を作ったときからの前提です。名前を知っている人や、見たことのある商品が一文の中に出てくれば、その一文は残りやすいのではないか。残った一文に文法をくくりつける、というやり方です。考え方そのものは、「インパクトで覚えよう部門」を作ったときの設計の延長線上にあります。

ただし、まだ案です。出せるかどうかの前に、片付いていない問題があります。この部門には「面白さは、事実を歪める言い訳にならない」という線を最初から引いてあります。一方で、この部門の設問は、ありえない一文をわざと作るところに仕掛けがあります。実在の人や会社を題材にすると、この二つが正面からぶつかります。実在の人について事実でない文を作っていいのか。いいとしたら、どこまでがよくて、どこからがだめなのか。ここに自分の答えが出るまでは、出しません。

だから、ここで成果を約束することはしません。「始めました」とも、まだ言えない段階です。

順番を、間違えない

最後に、この記事で書きたかった順番を、もう一度並べます。

穴を見つけたのは、現場で中学生に英語を教えていたインターンシップ生です。それを聞いて「じゃあ作ろう」と言ったのが、私です。一問ずつ積んだ結果が、いまの1079問です。そのあと、しばらく止まっていました。そして、やる気ではなく、AI で手が届くようになったことをきっかけに、また動き出しました。

この順番の中で、私が担当したのは真ん中だけです。最初の穴も、中身そのものも、私が作ったものではありません。だから、この記事は成功譚ではなく、順番の記録として書きました。誰が何をしたかを取り違えないでおくことが、次に何を作るかを間違えないための、いちばん安いコストだと思っています。

設問そのものは english.passed.jp に並んでいます。容れ物のほうは、まだ整えている途中です。